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ブラジルに渡ったばかりのころ、寮では夕方になると「ハンゴ!」と声がかかった。晩飯を意味する俗語。ゴハンとつながりがあるのかなあと妙だったけど、深い関連がないのは後で分かった。
選手がピッチで腹を立てると下品な言葉を吐く文化だから、汚い言葉がまず身についた(ついてしまった)。3カ月もすればポルトガル語でコミュニケーションを取れていた。15歳だったから覚えも早い。意味不明の単語に出くわしても、話の全体像は前後の単語から大体分かるし、「それ、どういう意味?」と尋ねていけば、言葉は一つ分かるとどんどん連なるように分かっていく。ある国に慣れるにはその国を受け入れ、実質的に「入って」いかないとだめなんだ。
言葉はその国のサッカーを反映している。自分の背後から敵が迫ってきたとき、ブラジルでは味方から「ラドゥロン!」と声が飛ぶ。同じ場面で「泥棒だぞ!」なんて日本では言わないよね。
「くさびのパスを」「マークをスライドして」――。日本で飛び交う用語だけど、ブラジルではスライドに該当するポルトガル語はあってもサッカーにはあまり使わないし、「くさび」という単語も見あたらない。「早く攻めろ」「すぐ戻れ」と話すことはあっても、「切り替え」はない。
切り替えになじみが薄いブラジル人たちに、「ミスしたらすぐ守備に戻る、ボールを取ったらすぐ攻める」と毎回説明するのも長くなるので、横浜FCでは切り替えはそのまま「キリカエ」で通しているみたい。「もっと切り替えを早く」と要求するときはこう。「マイス(もっと)ハピド(早く)、キリカエ!」。
いまや日本では切り替えができねば生きていけないほどだけど、これはサッカーがそれだけ慌ただしいことの裏返し、と思ってもみる。慌てすぎて相手にマイボールを渡すから何回も「切り替える」。簡単にボールを失わずにキープできるブラジル人のサッカーでは「切り替え」の用語も生まれにくい……。「日本の選手はもう少し落ちついてプレーしたら」「日本では『キリカエ』しか言わないじゃないか」とこぼすブラジル人選手もいるよ。
ボランチ(かじ・ハンドル)が普通の女性にも通じるほど日本に根付いたように、キリカエも世界へ広まるかな。日本人監督がヨーロッパで指揮を執り、キリカエを連呼、戦術論におけるメジャー用語になる……。ならないだろうね、まだ。