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ポルトガルから、こんにちは。我ながら、大変なところへ来たもんだなと思います。
2月から加わったオリベイレンセは2部で6位と好調。同僚には若い選手が多く、でかくて速く、コンタクトも激しい。練習でもまれる僕の写真を日本の友人たちに送ったら、「がたいが全然違いますね。大変ですね」と一様に返ってきた。
20代、いや、代表クラスの選手が飛び込んでも簡単じゃないかもしれない。僕の今の力でそこでやっていくとなると掛け値なしに大変。挑戦してどうなるの、と思われるだろうか。
でも、「苦労」というものを僕はもう一回味わいたいと思っている。ここから成長したければ、今回のような環境に来るべきなんだ。所属先の選択肢のなかでポルトガル行きが一番大変なのは目に見えていた。そこにあえて身を置き、自分がどんな精神状態になり、どんな思いでピッチに向かうことになるのか、もう一度経験したかった。目をそらすのは逃げだと思った。
サッカー人として生きていくなら、人間として一番成長できるのはおそらく、一番苦労する道なんだ。僕は恵まれているよ、苦労ができるんだから。「大変ですね」と僕を気遣う日本の仲間たちは「でも、羨ましい」と判で押したように続ける。
挑戦に足を踏み入れるたびに、単身でブラジルに渡った15歳の頃を思い出す。いや、選手として生きている限り、いつだってあの駆け出しの自分に戻っている気がする。成功したいと踏み出した時点で成功は始まっているよと、かけられた言葉もよみがえってくる。
活躍できるだろうか、できないかな。批判と称賛、どちらが待っているかな。不安と期待がない交ぜの渦中にいられるのは幸せなことだ。そんな感情とは無縁になりかねない年齢であるにもかかわらずね。
「成功」との言葉が意味するものは、FWであれば「定位置をつかみ得点して勝利をもたらす」だろうか。それでいえばもし1分しか出場できずに終わったら、失敗だとみなされるのかもしれない。だとしても、何か得るものを手に帰れるのならば必ず先々で生きてくる。選手として生きる僕の前に、失敗も何もない。
でも、必ず試合に出て帰ります。40年前と同じようにそう思える自分がいる。