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シーズン終盤になってもう1つゴールを決めることができ、カズダンスもお届けすることができてよかった。小学校を訪問するたびに「カズダンス踊って」と頼まれていたものだから。
自分が11、12歳のとき、55歳なんて遠い存在としか思えなかった。それが「おい、じじい」ではなく「カズ! サイン!」と呼びかけてもらえる不思議さ。国立競技場で踊りまくっていた20代の僕をライブで知っているはずはないのに、ダンスをまねしようとしてくれる。
かつては、あのダンスはこうは受け入れられてはいなかった。僕自身とともに眉をひそめられる対象でさえあった。負けた側の心情を考えず喜びをあらわにするなどけしからん、ガッツポーズも控えるべきだという空気があったからね。
同世代の方々が「まだやってるのか」「頑張るね」と同志のように今の僕を見てくれるのは分かる。ところが30年たって、昔は眉をつり上げていた人たちが「カズダンス見たいね」と言ってくれる。老若男女、ご高齢のそば屋のおばさんも「見たよ」と喜んでくれる。
年月を重ねてやり続けることで、批判が歓迎へ、非常識が常識に、評価が変わるものもあるんだね。自分のダンスが一つの証しになったかと思うと、感慨深い。
今年は最も調子の良かったときにケガをしてしまった。状態が良ければ良いほど、出れば出るほど故障とは隣り合わせ。でも、壊れるリスクも覚悟のうえでやってきた。もっと試合に出たかったし、「もっと」という欲に終わりはない。
試合に帯同し続け、本当の意味でチームの一員だと感じられた1年だった。ありがたいことに行く先々で敵味方の別なく喜んでもらえ、動員最多となった会場も多かったと聞く。日本フットボールリーグに少しは役に立てたかな。
そうはいっても、先日ジムに行ったら係の人に「いい体していますね。何かスポーツされているんですか」と言われた。まだまだ、僕もカズダンスもそんなもの。自分のサインを一家に1枚、冷蔵庫並みに行き渡るようあすもファンサービスに励みます。人々に喜んでもらえることが、いつしか自分の喜びにもなり、自分を走らせていくようになるのだから。
難しい状況はありながらも、最高の1年でした。「今年は」とは限らないな。いつだって、現在進行形の自分が最高だと思いながら生きていたい。